本サイトでは”現役スポーツアナリスト”の「日々の学び」をブログとして残していきます。
知人から勧められ、Annie Duke「確率思考 不確かな未来から利益を生みだす」を読みました。
史上最強の女性プレイヤーとして有名(らしい)Annie Dukeさんの著書。この本はポーカーの勝ち方に関する本ではなく、ポーカーから得た経験を一般化したビジネス書だ。Annie Dukeは心理学のPh.Dを取った後にポーカーで大躍進するという「ラスベガスをぶっつぶせ」もびっくりな方で面白い。ポーカーというと日本ではギャンブルとしての印象が強いようだが、世界的には競技としての色合いも強いよう。
https://casinodokan.com/info/japanese-poker-players
2015年のスーパーボウルでのある事件を例に話が始まる。「意思決定」、「ゲーム理論」、「判断の自動化」いう言葉をスポーツで聞くことがここ1年ぐらいでぐっと増えてきている気がするが、本書ではそれに対する答えの一つを学べた気がする。
人生を白黒で考えがち、思い通りにうまくいかないことにイライラするタイプの僕にはとても教訓の多い本だった。前半は「確率思考」について、後半はそれを生かすための組織論的な話となっている。正直、組織論的な話はあまり自分の実務には役立たないのですが、友人との付き合い方、アドバイスの求め方については非常に参考になった。
Annie Duke
アメリカ人。1965年生まれ。ペンシルバニア大学にて、英語と心理学の博士号を取得したのち教師として働く。「Proffesor」として知られる兄のHoward Ledererはプロのポーカープレイヤーであり、彼に勧められる形で地元のバーからポーカーを始め、ポーカーのトーナメントに参加し始める。
2004年World Series of Poker Tournament of Championsで1位になり、約3億円を稼ぐ。その後コンサルとしても活動し始めるが、2010年にオンラインポーカーでの不正に関わったとして、事実上スキャンダルでの引退となる。その後は執筆活動や企業へのコンサルをしている。
人生はチェスではなく、ポーカーだ
人類は確実性を追求することで生存競争を勝ち抜いてきた、というのが研究で示されている。物音を風と捉えるかライオンと捉えるか、どちらが生存を助けるか、それをいちいち認知して意思決定を下す必要があるのか。答えは自明だ。そしてこの自動化された意思決定こそが、人間の進化であり不確実性に対するストレスの原因でもある。
進化の結果、人間には常に意思決定に対するバイアスがかかっていると筆者は述べる。相関関係を因果関係と勘違いする、結果と意思決定への結ぶつきを過剰にこじつける、などだ。この記事の先頭にミュラー・リヤー錯視の画像を貼りましたが、線が同じ長さだと知っていても「同じ長さとして見ること」はできない。それと同じくらい意思決定には常にバイアスがつきまとう。
チェスは盤面の情報が全て公開されている、かつ戦略が複雑で不確実性が入り込む隙がない。サイコロで駒が吹き飛ぶことは絶対に起きない。果たしてそれが人生なのかという点でチェスは人生ではない。ポーカーと同じく、人生には常に隠された情報が存在し、運の影響が大きい。いわゆるゲーム理論における「不完全情報ゲーム」なわけで、それを筆者は「人生はポーカー」と評するわけだ。
不確実性が少ないほど、意思決定と結果は強力に結びつくが、不確実性が多いゲームではどこまでが運で、どこまでが意思決定に影響された結果を常に考えないといけないわけです。これを誤解してしまうと、運に助けられた結果を自分の意思決定によるものと勘違いし、近い未来に何かしらの悪い結果を得ることとなる。
間違えが起きたとしても運と意思決定を分けることで、
結果が悪かったからといって自分が間違っていたわけではないし、今後の行動を変えるべきではない
という結論に行き着く。特にこれはプロスペクト理論にも関係している。プロスペクト理論とは、簡単にいうと不確実性下では何かを得た喜びよりも何かを失う苦痛の方が大きいという経済学の理論で、人間は成功したという喜びよりも失敗したことの方を過剰に認識するということ理論だ。運と意思決定をなるべく切り離すことで、失敗と正解の定義を改めてみてはどうでしょうか。
じゃあ、賭けてみる?
全ての人生の選択肢は、良い未来か悪い未来が待っている。これらの選択肢を選ばないということは決してなく、必ずそこには選ばなれなかった選択肢に対する機会費用が発生する。そこで全ての選択肢に対して、「じゃあ、賭けてみる?」という問いを自分自身にすることを筆者は勧める。そして、このような意思決定の連続の中で、「100%正しい」か「100%間違っている」という白か黒かの意思決定はマイナスにしか働かない。
そこで白か黒かではなく、自信を程度(%なのか10段階なのか)で表現することで、意思決定に正確さを持たせることができる。完全な自信はなく、完全な間違いもない。謙虚さといってもいいかもしれないが、情報を集める、自分の持っていた自信の程度を客観的に見直すことが、この不確実な世界を生きるのに役立つ と筆者は述べる。
賭けから学ぶ – どんな結果も上手に処理する
経験とは、人に対して起こる出来事ではない。怒ったことに対して人が取る行動である
物事の原因には自分の意思決定と別に運のような不確実性が存在する。そこから経験を得るために、「自己奉仕バイアス」を認識することが必要だ。
「自己奉仕バイアス」とは勝ちは自分の実力で負けは運であると考える、人間の根底にあるバイアスである。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」の逆。そしてこれが経験による学習を強力に邪魔するので、常に頭の中に置いておく必要がある。そして先述の「プロスペクト理論」が同時に作用し、「自己奉仕バイアス」を加速させる。しかし、これを理解して常に結果の原因を客観的に突き止めることで、複利効果のごとく経験とその恩恵が積み重なっていくと筆者は言う。
反対意見を仲間に
「使者を撃つな」というように反対意見を持つ人を排除した組織は、都合の良い解釈にまみれた組織になってしまう。昨今よく言われる多様性の大切さである。
とはいえ、相手を知っているほど情報と情報源の信頼度を同一のものと捉えてしまうので、実際よりもはるかに重視しているまたは軽視している人から情報を得たものと捉えることで真実に近づけると筆者は述べる。
逆に人に意見を求める場合は、こちらが真実と思っていることを先に伝えてバイアスを与えないこと。反対意見を否定しないことが重要である。
真の懐疑主義とは、礼儀正しく洗練された対話を通し、友好的なコミュニケーションをすることである。
心のタイムトラベル
人との意見の中で多様性を生む以外に、タイムトラベル=過去と未来の自分に問いかけてみる方法がある。そこで10-10-10という思考プロセスが紹介されていて、
この選択をすれば10分後にはどんな結果がもたらさられるだろう?それでは10ヶ月後には?10年後には?
というものだ。そして、良い選択をするためには、良い未来(または悪い未来)から今の自分を振り返る「バック・トゥ・ザ・フューチャー」的手法=シナリオプランニングが紹介される。良い未来から道のりを考える「バックキャスティング」とその過程での失敗原因を考える「事前検死」。起こる可能性であった結果を思い描き、意思決定を想定することで後付け的な解釈を避けることができるわけだ。
終わりに – 人の脳は合理的につくられていない
・不確実性下では「意思決定」の質と「結果」の質は必ずしも直接的に繋がらない。
・「結果」にまつわるノイズを可能な限り排除して「意思決定」を客観的に評価・反省する。
・自分にかかるバイアスを認知し、アドバイスを求める際に他人にバイアスをかけない。傷の舐め合いをしない、させない。
・シナリオプランニング。バックキャスティングと事前検死。
以上気をつけていこうと思います!